キューバでお金を持ち逃げされてしまった僕。
前回の記事はこちら。
取り残されたのは僕と小柄な黒人男性の二人。
彼らの行動に対して涙を流す黒人男性。
謝りながら僕にお金を渡そうとしてくる。
僕はなんだか申し訳ない気持ちにもなった。
僕がきたせいでこんな事になってしまい、涙を流させてしまう事になったなんて。
お金の事はもういい。
この場を去ろう。
そう決めた僕。
この後予想外の事が起こります。
戻ってきた男達。僕は裏切られてなんかなかった。
『ごめんなさい。僕の友達が君のお金を持って逃げてしまって』
泣きながら僕にそういう小柄な黒人男性。
僕はもう気にはしていなかった。
『いや、いいよ。僕、そろそろ宿に帰るね』
そう彼に伝え、僕らは再び映画館の方向へと歩いて行った。
歩いている最中、僕らの中に言葉は存在しなかった。
僕はなんて彼に声をかければいいのかわからないし、きっと彼も僕に何を言えばいいのかわからないはず。
ただただ、無言でハバナを歩く男が二人いた。
けれど、僕らの関係はそんなに悪くはないと思う。
逃げた男たちの事に対しては少し苛立ちも覚えていたけれど、彼が泣きながら僕にお金を返そうとしてくれた事で僕は彼に対してはもちろん、逃げた男たちに対してもそこまで怒りの感情をもってはいなかった。
すると小柄な黒人男性のポケットから携帯の音楽がなった。
電話にでる彼。
話し相手は持ち逃げして行ったと思っていた彼らだった。
『僕の友達がお酒を買って今からこっちにむかってくるんだって』
スペイン語だったので多少は会話の内容をつかめていた。
どうやら嘘ではないらしい。
小柄な黒人男性は、彼らが逃げたと思って探し回っている事を伝えていた。
数分後、目の前から彼らが戻ってきた。
手には一本のハバナクラブ。
そして、スプライトとコップ。
彼らは僕のお金を持ち逃げなんてしていなかった。
いったいこれがいくらだったのか。
それは僕にはわからないけれど、10CUC以下だったとしても僕はお釣りなんてもういいやと思っていた。
彼らが戻ってきた。
僕は裏切られてなんかなかった。
大切な事はその事実だけ。
ただそれだけでいい。
小さな公園での宴は仲間とともに。
『さぁ、一緒にお酒を飲もう。キューバのラムは美味しいんだよ』
彼らはそういって笑顔で僕にラムを渡してくれた。
ハバナクラブ。
今日は夜ご飯の時からずっとハバナクラブのカクテルを飲んでいる。
キューバのラムは最高に美味しい。
ラムが好きな訳ではないけれど、キューバのハバナでハバナクラブを飲めるんだ。
しかも、キューバ人の友達と一緒に。
こんな最高なシチュエーション、なかなかないに決まってる。
僕はとても喜んでいた。
笑顔でハバナクラブを持った写真も撮っていた。
僕らは少し歩いた。
その先にあったのは公園。
遊具がある訳ではなく、ただベンチがあるだけの公園だった。
僕らは公園のベンチに腰をかけた。
コップに注がれていくお酒。
まずはショット。
『カンパイ』
僕は彼らに日本語の“カンパイ”を教えていた。
嬉しそうに何度もカンパイというキューバ人。
その場には僕と4人のキューバ人男性がいた。
大柄な黒人と小柄な黒人。
そしてラテン系の人と白人。
キューバって多民族国家なんだなぁと僕はその時感じた。
見た目は全然異なる僕ら。
けれど一緒に笑っていられる。
彼らと飲む酒がとても楽しかった。
けれど、その反面少し不安も持っていた。
“彼らは僕にお酒を飲ませて酔っぱらわせてから、僕の荷物を持って行ってしまうかもしれない”
僕は決してお酒が弱くない。
おそらくこのラム酒を一本飲んだところで、ほぼ素面でいると思う。
それに今は気が張っている。
酔っぱらってはいけないという気持ちをしっかりともっている。
こう心に決めた状態の僕はほぼ無敵状態といってもいい。
なので、僕がこの酒を飲んだところで意識がなくなるなんてことはありえない。
そう。
薬でももられていない限り。
しかし、薬はもられてはいないと思う。
ラムは新品だったし、蓋はあいてはいなかった。
お酒を注がれる時、僕は自分のコップを自分でもって、注がれていくラム酒を見ていたし、薬のようなものをいれている様子はなかった。
自分のコップは絶対に手放さない。
そして注がれるお酒に注意しておく。
そうすれば大丈夫。
僕はその場で彼らとの宴を楽しんだ。
気温は23度ほど。
ちょうど外にいて気持ちがいい程度。
夜風がふくのが、さらに心地よい。
夜は更けていく。さぁ、そろそろ帰らないと。
時間はもう0時になろうとしていた。
彼らとの会話が楽しくて、あっという間に時間が過ぎて行ってしまっていた。
キューバは安全。そうは思う。危なげな雰囲気は感じない。
けれど、そろそろ帰ろう。
街中にはタクシーがたくさん走っているし、タクシーに乗ってしまいさえすれば15分程で帰宅できるはず。
『そろそろ僕は帰るよ。明日も早いから』
そう彼らに伝えた。
『もうちょっと一緒に話をしようよ。すごく楽しいんだ』
僕も同じ気持ち。
本当はもうちょっと彼らと一緒に話をしていたいという気持ちもあったし、僕も楽しいと思っていた。
“彼らがお金を持ち逃げしたんだ”と思っていたにも関わらず、彼らは戻ってきてくれた。
そう、僕が変な疑いをしてしまっていたのが悪い。
彼らは純粋に僕との時間を楽しみたいと思っていたのに。
お酒をさがしまわっている時も、僕を楽しませたいと思ってくれていたかもしれないのに。
だからこそ、僕は彼らの事をとても信頼していた。
“彼らは僕の友達だ”
そう思っていた。
肩を組み、歌を歌い、酒を飲み、笑いあう。
僕は彼らと一緒にいる時間が大好きだ。
そう心から言える。
けれど、夜はもう遅い。
危険かどうかというよりは、翌朝の事が問題だった。
僕はもうチケットを持っていたから。
『僕もすごく楽しいよ。けれど、明日の朝早くにハバナを出なくちゃならないから』
そう伝えると、彼らはとても残念そうな顔をしていた。
『それなら仕方ないね。タクシーで帰るの?タクシーは高いからバスで帰るといいよ。今の時間ならまだバスがあるから』
『けれど、僕はバス停がどこかわからないから』
『大丈夫、僕たちが連れて行ってあげるよ』
彼らはそういって僕をバス停に連れて行ってくれた。
涼しい夜のハバナの街。
時間は0時30分。
人通りはまばら。
あまり多くはない。
少しお酒を飲んでいて気持ちが良い。
歩きながらの会話も楽しい。
最高の夜だ。
そう思っていた。
僕の首に生暖かい腕が絡みついてくるまでは。
“ドキドキしてる方。知ってますか?このボタン押したらドキドキがキュンキュンに変わるらしいですよ”