ギリシャへずっと行きたかった。
世界遺産が好きだから。
ギリシャには世界遺産の中でも特に有名なパルテノンがある。
僕がギリシャに行きたい理由。
けれど、実際に訪れたパルテノン神殿は僕が想像していたものではなかった。
美しいのかもしれないけれど、僕にはなぜかそれがレプリカのように思えたから。
僕はギリシャの遺跡を見るのを諦め、サントリーニ島というエーゲ海に浮かぶ島へ行く事にした。
男一人でエーゲ海クルーズ。
あまり良い選択とは言えないかもしれないけれど、そんな事気にしてられない。
僕はフェリーに乗りこんだ。
航行中外を見ようと思い、窓際の席に座り、出航までの間本を読んで待っていた。
そこにやってきた一人の女性。
その手には“海辺のカフカ”
ちょうど僕が今読んでいる本だ。
それがきっかけで僕らは仲良くなった。
アテネからサントリーニ島までの航行中、僕らはたくさんの話をした。
外の景色を見るのも忘れて。
島に到着し、僕らは別々の宿へ移動する。
お互いの連絡先を交換して。
僕はその日の夕方、世界で最も美しいサンセットと呼ばれる夕日を見た。
サントリーニ島のそれは確かに美しかった。
けれど、もっと美しく見れる場所を僕は知っている。
そこへは明日行く。
二人で。
宿に戻ると彼女からの連絡があった。
そして彼女から宿を探しているという話を聞いた。
僕が泊まっている宿はダブルベッド。
二人泊まる事が出来る。
僕は彼女を自分の部屋に誘ってみる事にした。
彼女の返事は“YES”
明日の朝、彼女は僕の部屋へやってくる。
僕が準備しておくべき事は何だろう。
部屋はまだ綺麗だ。
あえてやる事があるとするならば
“海辺のカフカの続きを読む事”
彼女との話がもっと広がるように。
僕はベッドシーツを崩さないようにゆっくりとベッドの上にのり、海辺のカフカの続きを読み始めた。
今日から僕らはこの場所で一緒に過ごすんだ。
スマートフォンを手に取り時間を確認してみる。
午前7時。
僕はいつの間にか眠りについていた。
一体昨日の夜で何ページ程読み進める事ができただろうか。
多分50ページも進んでいない。
けれど、話には少しばかりか展開があった。
きっととても重要なシーンだろうと思う。
今日はその話をする事ができるな。
宿には朝食がついていた。
数種類のパン。
ジャムとバター。
ヨーグルト。
それにコーヒーと紅茶。
普段朝食をとらない僕には充分すぎるメニューだ。
まだ彼女からの連絡はきていない。
むこうのチェックアウトが11時ごろだとすると、こっちに到着するのは12時をすぎるかもしれない。
まぁ、特に僕はサントリーニ島で何かをやらないといけないという訳ではないので、何時まででも彼女の到着を待つ事はできる。
本をもう少しばかり読み進めておこう。
昼間のサントリーニ島は太陽の日差しがとても強く気温も高い。
けれど、朝はそこまで暑くはない。
部屋にはエアコンがついていたけれど、午前中はそこまで必要ではないかもしれない。
バルコニーで本を読む。
まだ寝足りないのか、眠気があるようにも感じた。
ゆっくりゆっくりと本を読む。
うつらうつらと眠りに誘われていく。
すると部屋がノックされる音がした。
時計をみるとまだ午前8時半。
こんな時間に僕の部屋をノックするのなんて二人しかいない。
宿の主人か彼女だ。
答えは後者だった。
ドアを開けると昨日とは違うTシャツを着ている彼女がそこにいた。
『おはよう。早かったね』
『おはよう。shoがどこかへ行きたいと思ってるかなって』
『今さっき朝食を食べた所で、まだどこに行くか決めてないよ』
『じゃあ、ちょっと部屋でゆっくりしてからでかけようか』
『わかった。どこでも休んでいいから。今日からここは君の部屋でもあるからね』
僕は彼女を部屋の中にいれ、椅子に腰掛けた。
『綺麗な部屋ね。一人じゃもったいないくらい』
『確かに。だから二人でちょうどいい』
『その通りだね。ちょうど良さそうだと私も思う』
彼女は荷物を置き、僕の前に座った。
フェリーの中と同じように。
『今日からここが私たちの部屋なのね』
そう。
その通りだ。
今日からここは“僕たちの部屋”
今日から僕らはこの場所で一緒に過ごすんだ。
昼食はヒル以外でお願いいたします。
僕らは話を始めた。
昨日何をしていたかなんていう話はあっという間に終わってしまう。
サントリーニ島でやる事と言えば、真っ白な壁のある家の間を歩き、散歩中の犬とすれ違い、昼寝をしている猫に挨拶をするくらいのものだから。
イタリアンジェラートを食べる事も、まぁ定番と言ってもいいかもしれない。
ピスタチオ味ならなお良し。
僕らの話題は主に本の話だった。
アジやイワシが空から降ってくるという話。
そしてその夜にはヒルが降ってくる。
パーキングはヒルだらけになり、スリップによる事故が発生する。
僕がちょうど読んでいるところ。
僕は村上春樹の作品を全部とは言わないけれど、たいてい読んでいる。
その中でも“海辺のカフカ”はそこそこお気に入りだった。
まだ最後まで読んだ訳ではないけれど。
きっと最後まで読んだとしてもお気に入りのままだろうという予測はつく。
このままだと僕らは今日1日部屋で話を続けてしまうかもしれない。
彼女もその本を気に入っている事は明らかだから。
『そろそろお腹がすいてきた。どこかへ食事に行かない?』
僕は彼女を食事に誘った。
『いいよ。私食べたいものがあるんだけどそれでもいい?』
『その方が助かるよ。君の好みを探る手間が一つ省けるから』
『そんなに好みはないよ。イワシもアジも好きだし。ヒルは食べたことがないけれど、食用ならきっと大丈夫だと思う』
『僕はヒルはダメなんで、ヒル以外のものでお願いします』
『今日はヒルじゃないから安心してね』
僕らは外にでかけた。
時間は12時。
ちょうど太陽が真上にあがってきている。
太陽の日差しを遮る事はできそうにない。
これは早めにレストランにでも入った方が良さそうだな。
僕らは一軒のレストランに入った。
サントリーニらしく白い壁の小さなレストラン。
外には魚介類の絵がチョークで描かれていた。
彼女が食べたいのは魚介類なのか。
メニューを手にした彼女はパラパラとめくっていった。
メニューには写真もついている。
そして英語の表記もある。
その中から彼女は3種類の料理を選んだ。
グリークサラダ
スタッフドトマトとスタッフドピーマン
イカとエビのフライ
『いったいどれが食べたかったの?』
『イカとエビのフライ。せっかく島にきてるから海鮮料理を食べたくて』
『そっか。僕も海鮮料理は好きだから良かった。日本人だからね』
『フィンランドにもお寿司屋さんがあるよ。ヘルシンキは海に面してるから魚料理もたくさんあるから』
『そうなんだ。外国のお寿司ってサーモンとマグロとエビしかないイメージだな。あとはカリフォルニアロール。アボカドをお米で巻くなんて日本人はきっと考えつかなかったと思う』
『私も考えつかなかったと思う。相当クリエイティブな人じゃないと難しそうね』
僕らの前に並ぶ料理。
そして、白ワイン。
海鮮料理を頼んだという事もあり、僕は一本の白ワインをオーダーしておいた。
サントリーニ特有の甘い白ワインではなく、ドライなもの。
食事はとても美味しかった。
オリーブオイルをたっぷりつかったサラダ。
スープの味がよくしみ込んでいるトマトとピーマン。
イカとエビのフライはかりっとフライされていて好みのものだった。
それに白ワインにもよく合う。
『美味しいご飯だね』
『うん。ヒルじゃなくて良かった』
『言ったでしょ。今日はヒルじゃないって』
今日は?
じゃあ明日はヒルかもしれないな。
いや、サントリーニにはきっとヒルが降ってくるなんて事は絶対にありえないだろう。
この白い町にヒルはあまりにも似合わなさすぎる。
引き寄せられたのは心だけじゃなく。
食事を終えた僕らは少しだけそのまま散歩をした。
犬が歩き、猫が眠る。
観光客が写真を撮り、地元の子供が自転車で駆け抜けていく。
昨日見た光景とよく似た光景がそこにはあった。
けれど、少し違ったように見えるのは、きっと隣に誰かがいるからだろう。
『オリーブとチーズを買いに行かなきゃね』
『そういえばそうだね。ワインは宿で冷やしてもらってるよ』
『一本?』
『昨日グラスで2杯飲んだから半分くらいになってるかな』
『せっかくだから今日は違うワインも飲もうか』
『君が飲みたいなら僕はいくらでも付き合うよ』
僕らは小さな商店に入った。
そこには量り売りのオリーブが木桶に入って売られていた。
チーズはちょうどいい大きさに切り分けられている。
僕らはオリーブを袋にいれ店員へ渡す。
チーズも二人でちょうど良さそうなサイズのものを手にした。
ワインはまた別の店で見つけた。
冷蔵庫には甘い白ワインがある。
もう一つ買うとしたら何がいいかと聞いてみると、さっき飲んだドライな味わいの白ワインが気に入ったらしく同じ種類のものを一本。
そしてもう一本は赤ワインを選んだ。
買い物は終わり。
僕らは宿に戻る。
『どうする?どこかへ行きたい?』
『夕方前まで休憩でいいかな』
『いいよ。ワインはどうする?夜にとっておく?』
『shoがもし今飲むなら私も飲むよ』
『僕は今飲もうと思うから、グラスを二つ用意してくる』
僕はそう言ってレセプションにワイングラスを二つ借りに行った。
部屋に戻り、借りた二つのグラスに昨日から冷やしている甘い白ワインを注ぐ。
どう見ても赤色、いや少し薄い赤だからロゼか。
『そんな色なのに白ワインなんだ』
『うん。白ワインらしい。味は白ワインとは思えないくらい甘いけど』
僕らは今日二回目の乾杯をする。
今日からのサントリーニでの日々が楽しいものであるように。
ワインを飲み終えた僕らはベッドで横になる。
そういえばダブルベッドだという事を今思い出した。
彼女は部屋にベッドが一つしかない事を見てどう思っただろうか。
そんな事はもう関係なかった。
横になってすぐ、引き寄せられていたのは心だけではなかったと知ったのだから。
“うぉい!!!何ひきよせられてんじゃ!!っていうツッコミはこちらで受付中らしい”